大正浪漫便りは、おしゃれや大正浪漫店の代表【梅沢杏奈】が綴っている週一の日記のようなもの。
日々過ごしている中で感じることを週1でまとめてどこかに書いておこう!というきっかけと共に
誰かの心や気持ちが少し動くものになったらいいなと思ってAIをあえて全く使わずに書いています😌
子どもの頃の記憶が原風景として人生に残り続ける理由
3月某日。
子供が三年間の長野生活を終え、一緒に共同生活をした仲間たちとお別れする修園式を終えた。
その修園式でキーワードになっていた「原風景」という言葉。
みんな(子供たち)にとっての原風景は何か?
と代表が問いかけ、その中に今いるこの長野の景色が原風景になる人もいるのではないかというお話だった。
このお話に続いて、お祝いの挨拶をくださる様々な方々の原風景のお話が聞けた。
子供の頃、ザリガニを獲った川が原風景という人もいれば、
島で育ったから海が原風景というお話の人もいる。
ほとんどの人の原風景は小学校くらいまでに見た自分の思い出に残るふと思い返す風景なのだろう。
じゃあ、私の原風景は?
そう思った時にすぐ浮かんだ景色がある。
それは「くじらやま」と呼ばれていた幼稚園の頃に何度も行ったすごく低い山(もはや丘?)だ。
武蔵野公園と呼ばれる場所にある「くじらやま」。
ここには幼稚園の時に何度も行った。
お散歩で、それから幼稚園の運動会もここだった。
低い山を駆け上がったり、ダンボールで滑ったり、弓矢で風船をわったり。
今思えば、私が通っていた幼稚園の運動会は面白い競技ばかりだった気がする。

これがくじら山🐳(引用:https://withbaby.jp/archives/16679様のページより)
まさにこの写真通り。
青空に、こんもりした緑の山。
そして思い出すのはいつも春と秋で、春はたんぽぽ、つくしを取って、たんぽぽの綿毛をふうーって吹いて
つくしのどこで切れてるゲームとか、自然の草花で遊んだ記憶が蘇る。
そして秋は運動会の記憶。
黄色く色づいた周りの木々たちや、少しずつ積もる枯葉の上を歩く思い出。
サクサクと音がした思い出。
そういうのをふと思い出した。
このふと思い出した!が私の原風景と言っていいのだろう。
懐かしさの中にある本当の自分に会いに行く
確かに都内に住んではいたが、私の住んでいた多摩地方は当時はまだまだ畑や栗林がいっぱいだった。
住んでいた家の裏は大きな栗林が広がっていて、あの栗林の匂いは今でも思い出せるし、
まだまだ舗装されてない道もたくさんあって、長靴でぬかるみを歩くあの感覚が好きでよく長靴を汚して帰った。
畑にはたくさんのさつまいもが植えてあり、帰り道に友達と抜いておばあちゃんに怒られたことも思い出。
あの頃はまだまだ自然が東京にもいっぱいで、冬も雪がよく積もっていた。
雪が積もった日は、あたりがとても眩しくて、真っ白な道を一番に踏むんだ!と張り切って朝早く起きていた。
そして、放課後は近くにあった神明神社という小さな神社で
おじいちゃんが心配して迎えに来てくれたくらい遅くまで4.5人で雪合戦したこともよく覚えている。
私の原風景には四季折々の自然が詰まってて、
だから今でも自然の風景が好きなんだろうか。
よく考えてみれば私が大好きな北海道の美瑛のあの丘は、
武蔵野公園のくじら山のようでもある。
私はスキーもド下手なのに、なぜか雪が大好きなのは、小さい頃の神明神社での記憶のおかげだろうか。
原風景を思い出すと、懐かしさや温かさはもちろんだけど、
本当の自分を思い出す。
まだまだ子供だった純粋な自分の気持ちを。
雪が降れば楽しい。
今日も空が青くて綺麗だ。
なんだかこの話をしていたら小さい頃自分が住んでいた場所に行きたくなった。
きっとお店とかは色々変わっている。
家もマンションとか増えて、畑も舗装されていない道も、栗林ももうないかもしれない。
でも、それでもあの頃の原風景を見て、その時に感じる今の気持ちを知りたい。
そこから何か見えるだろうか?
30年前の自分に会いに行く旅。面白そう。
あなたにとっての原風景は何ですか?
▶︎今回の記事をもっと詳しくお話ししたおしゃべり喫茶ラジオもぜひ聞いてみてくださいね😌







